#003(4/4)
■日時: 2012/8/16
■場所: 奈良山辺の道~橿原神宮~高天彦神社ツーリング
■走行距離: 136.4km ■TRIP TIME:15時間30分
■走行ルート: 奈良学園前駅から秋篠寺、国道369号を通り、春日大社へ。その後「山辺の道」に入り石上神宮
檜原神社、大神神社を回る。その後橿原神宮、一言主神社、天原彦神社などを探索した後国道24号
を通って帰る。

 大神神社を出て県道152号を西に行く。この間が結構暑くて大変だった。頭に濡れ手ぬぐいを巻いての走りは良かった がそれでも13時過ぎというのは、本当に暑かった。
 橿原に入り神武天皇の御陵を過ぎようやく橿原神宮についたときは14時半だった。橿原神宮も私にとってははじめてで あった。中に入るとその広さに驚いた。鳥居から本殿まで結構距離があった。ただ本当人は殆どいなかった。橿原神宮は神武 天皇が橿原で天下を治めたことから明治時代に建てられた神宮で、歴史的には新しい。玉砂利が一面に敷かれたところ を歩くのは申し訳ないくらい綺麗だった。拝殿から、かなり先の本殿を拝む。拝殿より先には行けない。更に奥に進むと 「深田池」という池があった。こちらもデカイ池だった。そこで少し休憩した後、橿原神宮をあとにし、一言主神社に向かった。

拝殿から本堂を拝む
拝殿に入る門
一言主神社に向かって更に西に進む。15時半。まだまだ日差しが強い。周りは田んぼが多く日をさえぎるものはない。 走っていると正面に葛城山が見えた。  一言主神社は「古事記」での話は次の通り。雄略天皇が葛城山に登ったと きに向いから全く自分たちと同じ容貌、容姿の人達が来るので驚き、誰かと聞くと「私は悪事も善事も一言で決めてしまう 一言主の大神である。」といわれた。普通神は人には見えないので驚いた雄略天皇が着ていた衣類、武器等を全て 脱ぎ献上したところ、神様は非常に喜び、雄略天皇一向を目的地まで送ったという。中々面白い話だ。
 雄略天皇ってかなり人を暗殺したとして悪名名高い天皇だったと聞く。その天皇が驚いた位だから相当のものだった んだろう。

一言主神社に向かう途中。前方に見えるのが葛城山
 一言主神社は葛城山のふもとの田んぼの真ん中って感じの所にあった。以外とこじんまりした神社という印象だった。 この一言主神社から高鴨神社までの道を「西の山辺の道」といわれている。  時刻は16時。日差しは落ち着いてきたものの、気温は高い状態。正直ゆっくり回ろうという気が少しなくなってきて いた。体調的には帰りたい気分。古事記の話から一言の願いなら叶えられるという神社として地域の方から崇められている。 何かお願いしようかと思ったがその気力もなかった。
 境内に樹齢1200年というイチョウの木があったが、支え木に支えられていた。説明を読むと木の中の腐敗が進み空洞化 している箇所があり、倒木の危険があるという。確かに遠めからみると傾きかけているように見える。何とか持ってもらいたい ものだと思った。
 いよいよ最後、高鴨神社に向かう。ただ途中に高天原の伝承地とされているところにある「高天彦(たかまひこ)神社」が ある。帰りたくもなっていたが、とりあえず折角来たんだから行くことに。しかしここから今日はじめての登りが始まった。 それ程ひどい登りではないが、続く。「あ~やめようかな」と思いながら県道30号を登っていくと高天彦神社に入る道まで 来た。地図上では葛城山の麓側に結構入り込んでいたので、想定どおり登りが続く。
 あ、ここが入口かと思ったら、ここから登山で入ると書いてあった。「マジ?やめよかな。」と思っていたら横に迂回路と ありとなりの車道を登って行ったらつくように書かれていた。約600m。大したことはない!がんばって登ることにした。

後、600mで高天彦神社!というところの登り。
 それ程登ったわけではなかったが、「高天彦神社」に着いたときはかなり疲れきっていた。赤い屋根が印象的な神社であった。 ここに祭られているのは古事記では、神々の誕生の中で2番目に現れた神「タカミムスビノカミ」である。空も雲がでてきている せいもあるが、暑い熱気は和らぎ、気持ちいい位の気温になっていた。回りは木々で囲まれていて本殿の後ろにある白雲峯を ご神体としている。境内内殆ど日陰になっていたので、休憩していると気持ちよく段々体力も復活してきた気分であった。
 「高天彦神社」を出発し下りに入る。行きは気付かなかったが、ある程度まで登っていたのでそこから見える風景は非常に綺麗 だった。神々「天津神」の住んでいる場所と伝承されるのも分かるような気がした。

本殿
「高天彦神社」の近くから撮った写真
 「高天彦神社」から最後の目的地「高鴨神社」までは緩やかな下り。鳥居がかなり鮮やかだった。本殿に祭られている のは、「阿治須岐高彦根神」という神。歴史上の資料のどこに出てくる神なのかよく分からない。奈良時代の古い豪族 「鴨族」の氏神とのこと。京都の上加茂神社、下鴨神社の総本社とのこと。
 中には池があり、舞ができるところだろうか、そのような舞台もあった。
 高鴨神社を出たのは18時前だった。ここからは国道24号を中心に北上に実家に帰っていった。結果的に言えば136 kmで距離の割にはかなり時間がかかった。やはり奈良は観るところが多い。改めて実感した。

舞殿?
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